1. トップ
  2. 基礎知識
  3. すまいの文化を知る
  4. 京都のくらし・昔の知恵~京の冬のすまい方③正月

京都のくらし・昔の知恵~京の冬のすまい方③正月基礎知識

【正月】
 「正月」とは、新たな気持ちで一年をはじめる月です。子どもたちにとって「正月」の楽しみは、何と言っても「お年玉」がもらえることですよね。しかし、年齢を経た人に取ってはどうでしょうか。
 一休禅師は正月について、「門松は冥途の旅の一里塚、目出度くもあり目出度くもなし」、つまり「門松を飾る新年を迎えることは目出度いが、門松は、墓に向かっていく一里塚のようで目出度くはない」と歌っています。
 さて「正月」は、日本の行事の中で最も古くから存在するものだと言われていますが、その起源はまだ詳しく分かっていません。
仏教が伝来した6世紀半ば以前より存在していたとも言われています。
 「お盆」の半年後にやってくる「正月」は、本来「お盆」と同じく「先祖をお祀(まつ)りする行事」でした。しかし、仏教が浸透しその影響が強くなるにつれて、「お盆」は仏教行事の盂蘭盆会(うらぼんえ)と融合して「先祖供養」の行事となり、正月はもともとあった神道行事である「歳神(としがみ)」を迎えてその年の豊作を祈る「神祭り」としてはっきり区別されるようになったと考えられています。
 現在、「正月」からイメージするものといえば、「初詣、門松、鏡餅、おせち料理、お年玉」といくつも思い浮かべることができますが、その風習も年々薄らいできています。
  「正月」の文字そのものの意味するところは、いわゆる「旧暦1月」の別名で、明治6年の改暦後は太陽暦である新暦の1月を意味するものであり、1月31日までを指します。
 一般的には、「正月」と言えば「三が日」とか「松の内」までと思っている方が多いように思います。「松の内」とは1月15日の「小正月」までのことですが、関東では1月7日までとする考えもあります。
 その根拠は、寛文2年(1662)1月6日、江戸幕府により1月7日 を以て「飾り納め」を指示するお触れが江戸の城下に発せられ、その風習が徐々に関東を中心に広まり「松の
内」を7日までとしたと考えられます。
 幕末の考証家である喜田川 守貞(きたがわ もりさだ)は、この時同時に左義長(さぎちょう)、いわゆる「どんど焼き」も禁止されていることから、「注連(しめなわ)飾り」を燃やす火による火災の予防の一環だと説明しています。したがって関東では7日まで、関西では15日までとされる場合が多いようです。
 また、地方によっては1月20日までを正月とすることもあり、これを「二十日正月」と呼んでいます。この日の早朝には、正月に迎えた神様が帰られる日と考えて、注連縄などの正月飾りを全て片づけて、正月行事をしめくくる日といわれています。

登録者 京安心すまいセンター
最終更新日 2017-07-20 11:04:56