1. トップ
  2. 基礎知識
  3. すまいの文化を知る
  4. 京都のくらし・昔の知恵 京の夏のすまい方④ 鴨川の納涼床

京都のくらし・昔の知恵 京の夏のすまい方④ 鴨川の納涼床基礎知識

京の夏の風物詩の一つである鴨川の「納涼床」があります。
その起源は、秀吉の時代に遡ります。天正18年(1590)『三条大橋』が建造され、東海道の洛中への玄関口としてその界隈は賑わいました。
当時の鴨川は川幅も現在よりかなり広く中洲もあり、京都の裕福な商人の中には、夏場に遠くからの客をもてなすために、蒸し暑い市中を避けて、四条や五条河原の浅瀬に床几を置いてもてなす場合があったと伝えられており、これがその起源だといわれています。
慶長13年(1608)、女歌舞伎が初めて四条河原で興行し、さらに慶長19年(1614)には高瀬川が完成し、川沿いの木屋町は問屋や舟宿が立ち並び、鴨川の河原は、いっそう賑やかなっていきました。
寛文10年(1670)には、鴨川の護岸工事が行なわれ、鴨川の川幅は狭まりましたが、これによって先斗町や宮川町の通りが出来き、茶屋町が形成されるきっかけとなりました。
両岸の茶屋からは、張出式の床も出され、現在のような納涼床が生まれました。また当時の納涼床と祇園御霊は、密接な縁があり、延宝5年(1677)の刊行の年中行事書『日次紀事』には、祇園御霊会の後に「四条河原の水陸、寸地を漏らさず床を並べ、席を設く。」と、また、幕末に出版された『花洛名勝図会』にも同様に「およそ六月七日の夜より十八日の夜に至って、四条河原水陸寸地をもらさず床をならべ、席を設け、東西の茶店、堤灯を張り、行燈を掲げてあたかも白昼の如し、これを河原の涼みといふ。」と記載されています。
夏の夜、空調機の効いた涼しい部屋ですごすのも一つですが、夏の夜、浴衣を着て鴨川の河原で夕涼みをするのも、心の涼を得る一つかと思います。
 

  • 登録者 京安心すまいセンター
    最終更新日 2017-07-11 14:28:59